フォトクロミック結晶とは
光を当てると透明と有色を行ったり来たりできる分子をフォトクロミック分子と言います。フォトクロミック分子は、色が変わるだけなくて、分子構造も変わるので、多くの分子では結晶にすると変形が抑制されて、フォトクロミズムも起きなくなります。ジアリールエテンというフォトクロミック分子は、結晶になってもフォトクロミズムを示す唯一の分子です。ジアリールエテンは他の分子より、光を照射した際の分子の変形が小さいので、結晶状態でも光異性化するのです。私たちは、このフォトクロミック結晶に注目しています。
フォトクロミック結晶のナノ光異性化
フォトクロミック結晶に光を当てると、結晶の中の分子が変形して、結晶全体が曲がったり、時には割れて弾けたりします。生き物のように多様な動きは、分子モーターなど、ミクロな分子マシンとして注目されています。この動きは、光照射時に、分子が部分的に変形することで、他の分子を押しのけたりする歪みに由来すると考えられています。
本研究室ではこれまで、ナノサイズの光とも言える近接場光に関係する多様な研究を展開してきました。このナノサイズの光をフォトクロミック結晶に当てた時に何が起こるのかに注目しました。ナノサイズの光が当たった場所だけ分子が変形すると、その周辺の分子との間に歪みが生まれます。光により分子が変形し色が変わる現象と、周辺の分子との間で歪みが生まれる現象。この2つの現象がからまって、計算では到底予測できないような複雑なことが起きていると予想しました。
最小の光記憶
ナノサイズの光をフォトクロミック結晶に当てて、どの程度の範囲で分子の変形(光異性化)が起きるか原子間力顕微鏡により調べました。分子が約30ナノメートルの範囲だけ変形していることを示す結果を得ました。30ナノメートルの点を組み合わせて光の波長よりも小さいアルファベットをフォトクロミック結晶に描くことに成功しました。このサイズの文字を使えば、新聞一冊分の文字を、髪の毛の断面に書くことができる計算になります。小ささが伝わるでしょうか。なぜこれほど小さいのか解明するため、現在も研究を進めています。
ナノ光異性化の連鎖現象が生む複雑なパターン
フォトクロミック結晶の表面の一点にナノサイズの光(近接場光)を当てて、反対の面(裏面)に現れる光パターンを計測しました。この測定は、世界に例を見ない独自の装置により可能になりました(詳細は別のページに記します)。表面の一点から入れた光が、フォトクロミック結晶の中の分子を変形せせて透明にしながら広がると、裏面には一様なパターンが形成されると予想されます。計測結果は予想に反して、100ナノメートル以下の微細なパターンを示しました。表面の一点から入ったナノサイズの光は、一様に広がっていくのではなくて、まだらに広がるようなのです。これは最初に記した、結晶中の歪みの影響だと考えています。結晶の一部が光異性化すると、歪が蓄積され、周辺の光異性化が抑制されるようです。詳細なメカニズムは未解明で、現在も実験を進めています。
ナノ光異性化の機能応用
ナノメートルという小さな世界で、フォトクロミック結晶の中の分子は、互いに影響を与えながら、光による変形をするか、しないかを決めているようです。この分子の振る舞いは、多くの他の自然現象と同様に、まさに自然に複雑な問題を時々刻々と解いて次の姿を示していると言えます。計算機で詳細に再現することは不可能な自然の複雑な動きと、解きたい問題を関係付けることができたら、フォトクロミック分子に問題を解いてもらえるかもしれない。そのような応用も視野にいれて、基礎となる研究を進めています。